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ADVENTURE

夏の北極圏、白夜の平原

ガルブレス湖 キャンプ場 2011年6月

 

ノーススロープの風景

北緯70度といわれても想像がつかない。行ってその場にたたなければ、実際のことは何もわからない。地球という書物を読むには、外へ出なければ何もわからない。

 

6月24日、僕はいま、北極圏の中にいる。フェアバンクスから16時間かけて、やっと目的のキャンプ場に到着した。この辺りのことをノーススロープという。北の斜面とは、ブルックス山脈をこえて、なだらかに北極海へ向けて流れる斜面のこと。僕が今回探索するのはこのノーススロープだ。夏至を過ぎたばかりだが、北緯70度では、夏至の前後2ヶ月は太陽が沈まない。だから日が長いも短いもない。ずっと明るい。時間はあり余るほどあった。

 

 

まるで世界が違う。今まで訪れたアラスカでは、日は長かったものの、どこでもちゃんと太陽が地平線に沈み、朝になるとまた出てきた。当たり前の世界だった。ここ北極は夏の間、太陽が横に移動する。白夜の世界では、ほんとうに日が沈まないのか。。。午前1時の太陽を眺めながら実感していた。

 

僕は時計を持ち歩くのを止めた。一週間後、帰る日さえわかればそれでよかった。2、3日も北極圏を歩き回っていると、ここには木がなく、ほとんどどこにいても360度全体が見渡せるということがわかる。そうなると、おもしろいことに太陽自体が時計になる。太陽があの丘にきたら昼の1時、昼食を食べる時間としておけばいい。ちょうど反対にきたときは午前1時になるわけだ。24時間で一周の地球時計だ。このスケールはたぶん、ここ白夜の平原でしか感じることはできないだろう。

 

この限りない平原に腰を下ろして全体を見回していると、ロシアやヨーロッパ、グリーンランドを感じることができる。日本はあの方角か。まだ北極点は2000キロも先なのに、本当に自分を軸として地球が回っている。

 

米を一合半、鍋に入れて水を入れる。夕食を作るときにライト無しで行動できるのが嬉しい。炊飯は、繰り返しているうちに、慣れてきて目盛りが必要なくなる。ご飯にするには、3点だけおさえておけば、おいしく炊きあがる。ひとつは、途中ふたを開けないこと。ひとつは、沸騰してから弱火にすること。ひとつは、蒸し時間を入れて弱火15分を守ること。焚くときの標高は、ここ北極圏ではブルックス山脈を越えてしまえば考える必要はない。

 

午後八時くらいにはなっただろうか。疲れたら戻って眠ればいい。そう思って、光のコントラストがまだ強い平原に、撮影に出かけた。ツンドラの土壌スポンジが、水をよく含んでいると、ワタスゲがよく育っている。白い綿のまるい玉が、かぜに流れて綺麗だ。タカネシオガマ、エフデグサ、カタクリに似た花がよく目立つ。ツマトリソウは、注意していないと通り過ぎてしまう。ひとつの花が群生しているということがないのがおもしろい。日本の高山植物は、ここでは標高100メートル未満で開花するのか。

 

4、5時間して、光が違うことに気がついた。足下や動物の巣穴、川や池などを見てばかりいたからか、あたりを広く見渡してみると、キャンプを出たときとは風景が明らかに違っている。空は快晴のままだ。はじめは水蒸気が多く出てきたためと思っていた。しかしそうではなくて、光の質が変わっているようだ。午前1時ごろは、昼の1時と比べて太陽が低い。夕方とは言えないがそれに近い、橙色が良くなってくるときの時間帯にさしかかっている。でも、日本で見られる限られたその時間帯とも、アラスカ南部で見るそれとも、光は違っていた。

 

どういうことか。感覚としてははっきり違いがわかる。なぜだかは、憶測しかできない。たぶん、光が地面まで届く過程で、ぶつかる物質やその量が違うのと、入ってくる角度が違うために、日本とは光が少しずれて届くからだと考えた。しかし理論などはどうでもよい。この北極圏の光をどうすればカメラで同じように表すことができるだろうか。

 

ブルックス山脈の分水嶺から北側の川の流れ。この浸食によりできた崖が、目に留まった。風景を写し取ろうとカメラ用品をいじくり回していると、甲高い動物の鳴き声とともに、羽ばたきで翼がこすれる音が聞こえた。すごい勢いで近づいてくる。

 

僕の頭上を何度か通過したが、鳥であるということ以外なにもわからない。ただ自分が攻撃されようとしていることだけは確かだ。姿勢を低くし、地面に伏した。ゆっくり上目遣いで近くの空を見回してみると、ハヤブサが一羽飛んでいる。巣が近くにあるということが直感で分かった。この巣の位置を把握しないかぎり、動く方向を決められない。

 

時間でいえば夜中の1時なのに、関係なく飛び回っている。フクロウ以外の猛禽はたいてい昼行性だったはずだが。もしかしたら僕が近づいたために起こしてしまったのだろうか。ずっと明るい北極圏の夏に、夜行も昼行もないのか。

 

巣は高さ25メートルほどの崖の、やや高い位置に見つかった。やわらかい土壌が今にも崩れそうで心配だが、崖の縁まで顔をのぞかせると、巣からヒナが鳴く声が聞こえてきた。このツンドラハヤブサは、北極圏まできて、こんなところで子育てをしている。

 

僕はこのハヤブサの子育てを2日間観察し続けた。両親ともに餌をとり、子育てに関与している。午前2時でも明るいから、平気で飛び立っては、レミングのような小さなネズミを捕まえてくる。かれらはいつ休憩しているのだろう。寝る必要はないのか。明るければ寝る必要がないなんて、都合が良すぎる。エネルギーの仕組みはいったいどうなってるんだ。僕の忍耐がもたず、朝方は状況を知らない。それでも2日間観察している限り、ハヤブサの親は休むことなく餌を運び続けた。

 

 

この日が沈まない2ヶ月間は、ハヤブサにとって繁忙期なのだろう。とくに子を産んだ親は、ヒナが夏の終わりまでに巣立たなければ生きてくことができないので、ヒナが食べられるだけ食べさせるのだろう。柔らかいミッドナイトサンの黄昏に気持ちを和ませていた僕と、大きな隔たりを感じて、子育ての邪魔をしたことが気になった。