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ADVENTURE

南東アラスカ 夏のザトウクジラ

インサイドパッセージ ジュノー 2010.7

 

今回は、はじめての海上での撮影となる。自費で行く撮影行だ。僕としては、これから始まる長い南東アラスカでの撮影の、下準備とも考えていた。日本で、友人の黒須隆と計画を練った。黒須はこのウェブサイトを作り上げた本人で、前から僕の話を聞いてアラスカに興味をもっていた。そして今回の撮影行は、二人で行くことになった。

 

 

僕たちにとってまずは、確実にザトウクジラを見ることができる状況を作ることが大事だった。もちろんツアーに参加して、クジラを観察するということでも、その状況は作れるのだが、クジラを対象に撮影をするとなるとそう簡単には行かない。なにせ、今回はバブルネットフィーディングと言う、南東アラスカの個体群のみが行う魚を捉えるシーンを撮影したかったからだ。

 

バブルネットフィーディングとは、8から11頭のザトウクジラが群れを作り、まずは群れ全体で、ニシンやサーモンの群れを海岸近くに追いつめてゆく。次にリーダーとなるオスかメスが、海底近くから合図を出し、他の群れのメンバーはその合図にしたがって、いっせい噴気孔から気泡を出し、魚の群れをその気泡の網(バブルネット)によって囲い込むのだ。魚は気泡に驚き、その網から抜け出ようとはしないそうで、クジラはそのことを知識として知っているという。気泡ネットが失われないうちに、リーダーは次なる合図を出し、最終的に群れは一斉に口を開けて、その群れを一網打尽にする。

 

 

それにしても、僕たちは確実にクジラを見ることはできるのだろうか。まずは単独のクジラでも見つけないと話にならない。このことが、現地の南東アラスカジュノーから出港し、はじめのクジラを見るまで不安であった。

 

僕たちの計画は、南東アラスカに10日間、基本は陸でキャンプできる場所をベースとし、レンタルの小型の船で、南東アラスカの海を詮索することにした。船を運転することなんて、僕も黒須もはじめてのことだ。小型なので時化れば転覆する恐れもある。でも、毎日断続的な、限られた時間の中でのツアーに参加するよりは、自分たちでクジラのいる場所を突止め、群れを見つければその群れを、一日中追い続けるという方法が、バブルネットフィーディングや活動的なクジラの行動を撮影するに、いちばん適した方法だと思われた。

 

ひげクジラ属であるザトウクジラは、本来オキアミや動物性プランクトンなどの非常に小さな生物をエサとして生活するのだが、南東アラスカに移動してくる個体群は、サーモンほどの大きな魚でもひと呑みにしてしまう。毎年アラスカの夏にやってくるのは、これら豊富な魚をお腹いっぱいに食べるためなのだ。そして海が冷たくなり、主な魚がいなくなる秋口になると、再び南太平洋などの暖かい海へ戻っていく。

 

撮影初日、僕たちは有限会社パンハンドルという船のレンタル会社のオーナー、Jake Back さんと港で待ち合わせをした。借りる船が港に運ばれてきた時、僕は初めの印象は、思っていたよりも大きいなという感じだった。全長約6メートルほどで、大人4人と荷物を乗せることができる。ただ、クジラの撮影としては、最も小さい部類の船だろう。

ジェイクさんから運転の指南を簡単に受け、ガソリンを補給し、僕たちは早々と港を出発した。

 

 

有力な情報によると、ノースポイントという小さな海峡が、魚の移動ルートに当たるらしく、クジラも多くそこで見られるということであった。地図を広げると、ジュノーからはこの船で40分くらい行ったところ。このポイントは、シェルター島という南北に細長く伸びた、面積10㎢もないと思われる島の先端に位置していた。ジュノーからアプローチするときには、ところどころ浅瀬があり、座礁しないよう注意が必要だ。また、航海には潮の満ち引きをしっかり把握しておかなければならないということも、今回の旅で思い知らされた。

 

僕たちは、滞在5、6日目まではこのノースポイントに通い、ザトウクジラの活発な動きが見られることを期待した。クジラには何度も遭遇できるものの、それまでに、大きな群れとなり、バブルネットフィーディングをするような群れには遭遇していなかった。僕たちは、クジラを間近で見れることもあり、その感動に満足してしまっていたのかもしれない。

 

あとで知った情報なのだが、このジュノー近海のザトウクジラは、冬もそこに滞在する個体が出てきているそうだ。この最新の情報は、研究者、フィールドワーカー、記者などを乗せてクジラの調査に出かける船のキャプテン、クレッグさんから、電子メールを通じて得た。彼の想像によれば、近々この南東アラスカで、出産をするメスが現れるかもしれないとのことだった。生まれた子がこの冷たいアラスカの海に即座に適応できるか心配だが、だとすると、定住型のザトウクジラがアラスカに生息することになり、これは非常に興味深い動向だと思われた。

 

最終日前日、明日には船を返却しなければならない日、僕たちは少し焦ったかもしれない。このときに、黒須がチャタム海峡のほうへ行ってみないかと提案した。チャタム海峡は、フレデリック海峡、アイシー海峡と並んで、クジラの観察ではとても有名な場所だ。しかし、ジュノーからは遠く離れていて、沖へ出ることになるので、当初の計画では行く予定ではなかった。けれど、僕たちは行くことに決めた。

 

 

朝早くに準備をし、ガソリンを計算しながら船を進めた。こんなに気持ちのよい出港が今までにあっただろうか。空は快晴で海は波ひとつない。船は全速力でリン海峡を横断した。

 

チャタム海峡の入口に着く頃には気温も上がり、正午が近づいていた。波はどんどん強くなる。天気は晴れていたので、気分までは折れなかったが、いままでにない船の揺れに、僕らは困惑しきった。

 

その場所からチャタム海峡の中央に入っていくことはできず、折り返し対岸沿いを詮索することにした。しばらくすると、波は落ち着き、ザトウクジラの呼気が日の光に反射したように感じた。確かではなかったが、もしそれがザトウクジラであるなら、10頭近くいる。このときはすごく興奮した。

まだその場所まで1キロほどはあろうかという辺りで、ザトウクジラの群れだと確認できた。これは大きなチャンスが近づいている。

 

 

ザトウクジラは、僕らの船の間近を通過した。一度は、船の近くで潜水し、くぐるようにして下へ入っていったので、このときは少なからず焦った。もし、クジラに船を転覆させてしまおうという気があれば、そんなことは朝飯前だからだ。

 

ザトウクジラの体長は、平均で12メートル。20メートルになることもあるそうだ。他の哺乳類と同じように、オスの方が大きくなる。それぞれ尾びれの模様が違うので、フルークアップ(潜るときに尾びれの裏を見せるようにして入っていく動き)したときに個体を判別できる。研究者はこれで個体識別しているようだが、僕らにとって、はじめての群れとの遭遇で、そんな余裕はなかった。

 

この群れを追って船を進めることは、黒須と言葉を交わさずともわかりきっていた。この海のルールでは、自分たちから100メートル以内にクジラがいる場合、そちらに向かっては行けない「100mルール」がある。これは守らなければならない。こういうルールを無視してしまうと、クジラにストレスを与え、攻撃される可能性もあるし、クジラがこの海に帰って来なくなる場合だって想定できた。このルールは、ただし、エンジンを止めて自分たちが停泊している場合、クジラから向かってくる分には、自分たちは遠ざかる必要はない。むしろ、急にエンジンを付けてはならない。この方法をとるためには、クジラの群れのルートを推測する必要がある。

 

僕らが見つけた群れは、どうやらアドミラリティ島の北の岬に向けて、海岸沿いに移動している様子だ。先回りしてエンジンを止めて待っていよう。

 

この群れは、僕らの期待どおり、バブルネットフィーディングをしながら移動していた。ただ、群れによっては追い込むだけでバブルを使わないときもあるそうで、この群れが泡を使っていたかどうかは定かではない。しかし、採餌の様子を観察することができた。撮影には、おそらく少なくとも30メートル以内にいる必要があると考えた。僕の使っている400mmのレンズで、6、70メートル離れていては、クリアに写しとることはできなかった。曇っていて、シャッター速度もあまり出せなかったことも原因である。

 

 

 

群れはその後も、北上しながらフィーディングを続け、僕らは何度かクジラが出てきて撮影しては、岸沿いに先回りをしてチャンスを待った。

 

今回の撮影行は、今までにない経験を積むことができたと思う。この南東アラスカは、これで終わるわけにはいかない。アラスカの自然相に、ザトウクジラは必要で、ここでしかしない生態行動は、もっときれいに撮り収めたい。次回は小型のゾディアックと言うボートを買ってしまおうか、それともカヤックで時間をかけて回るか・・・。いろいろ想像が膨らむ。