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ADVENTURE

デナリ国立公園 クマの存在

イーストフォークリバー   2009年 6月

 

ハイカーはこうして熊に襲われていくのだと、本気で考えた。僕はいま川岸にいて、川を挟んで対岸15メートルにヒグマの親子がいる。柵はない。熊の右前足が次の石の上に乗り、石と石が重たくこすれる音が聞こえる。

走ることだけはするなと教わった。それはしない。ボケットにスナックを入れてたから悪かったのか。出さない方がいいに決まってる。いまさら遅い。右手に望遠レンズがついた重いカメラがある。何かの助けになるか。動くか、止まるか。後ろは薮だ。逃げ込むか。

 

子連れの母親が人間のいるほうへ自ら近づいてくるなんて、聞いたことがない。

 

最後の砦と思われた目の前の川を、母グマは渡り、近づいてくる。母親の後をついて、たよりなさそうに歩く子グマが悪魔のように見えた。

 

僕はアラスカに来るときに、ひとつの覚悟をしていた。どの自然写真家も、いつかは決心しなければならない。それは熊に襲われてもいい覚悟なんかではない。写真で食べていく覚悟だ。

 

こんなところで、アラスカに来てまだ何も知らない、知らないが故に襲われてしまった、ということになるに決まってる。それだけは避けたい。恥以外の何ものでもないではないか。

 

結局、その親子は、川を渡り終えたときに方向を変え、薮の中に入っていった。しばらく僕は、呆然と立ち尽くし、きょう寝る場所をどこにするか、それだけを考えていた。

 

 

デナリ国立公園は広い。日本の四国ほどもある。僕は、そのなかに無数に流れる川のたったひとつの川岸に、初日テントを張り、二日目にしてたった一頭の大人のクマに困惑した。いったいどれほどの、僕が今まで想像したことのない自然という事実がここにはあるのだろうか。その思いを巡らせると、このデナリは、存在自体が広く、雄大であると思った。

 

 

クマに遭遇して、恐れ、尻尾を巻いてここから逃げ出すこともできる。次回に計画を練り直して、クマ対策をじっくり考えればいい。寝ている間にクマに襲われたという話もある。今回は退き返そう。しかし、デナリ国立公園のもっと奥を知りたい。テントの場所を気持ち移動させて、僕はそこで3泊した。

 

 

この国立公園にはホッキョクジリスという、リスの仲間では珍しく冬眠するものたちがいる。観光客には特に人気があり、バスでも人でも、手当たり次第に不思議と思ったものに、警戒しながら近づいてくる。このジリスは公園内を歩けば、どこにでも見つかる。特に晴れた日は、日光浴を愉しむために、危険だが少し開けた場所へ出てきては、後足でたちあがり、しばらくじっとしている。

 

 

僕はこの動物に初め興味が湧いて何度も撮影していたが、カメラを向けているうちに、なんだか自分がちっぽけに思えてきた。小さな動物を追って撮影しているからではない。この警戒しながら、でも好奇心が勝り、あたりを見回して歩き回るジリスの姿が、デナリ国立公園に入ったばかりの僕と同じように映ったからだった。自分で自分を撮影しているようで、僕は一体何をしているんだろう、こんなところにまで来て。そんなふうに思えた。

 

 

気付いたら、ぼくはクマのことが頭から離れず、無意識にも恐れを抱いて行動してたことがわかった。やはりあのときのクマとの遭遇は、知らないうちに僕の頭の、本能の部分まで奥深く記憶されていたに違いない。

 

 

もっとクマのことを知ろう。多くの写真家やナチュラリストたちは、クマが恐くないと言っている。もちろん彼らはクマについてもスペシャリストであって、平気であるのは当然のことと思うかもしれない、しかし、ほとんどの人が、クマは恐くないという。これには理由があるはずだ。もっとクマのことを知ろうと思う。