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ADVENTURE

秋の繁殖期をむかえるヘラジカ

チュガッチ州立公園 2010.10

 

僕はテントを小川の対岸にあるオマーリーピークの山頂付近に設営し、ここをベースとして毎朝尾根を下った。10月初旬、まだ雪は降らないとはいえ、亜北極の山の上は寒い。毎晩テントの内側には自分の呼気で霜が張り、風でそれが降って落ちた。指先やつま先が冷えて睡眠を困難にした。撮影場所からベースキャンプまでは2マイル程離れていたし、帰り道は山を登っていくため、たどり着く頃は汗ばんですぐに着替えをする必要があった。

アンカレッジの10月初旬はまだ雪の降らない時期が続き、ヘラジカたちは交尾の季節となる。今回の撮影は雄同士のメスをめぐって争う、角をつき合うシーンをイメージしている。場所は町から車で30分、グレンアルプスの駐車場に車を停めてトレイルに入る。入口から20分程歩くとなだらかな渓谷を小川が流れており、そこに沿って歩いていくことになる。ここ一帯に30頭ほどのムースが次の生命をつなぐために集う。

 

ヘラジカはこの時期、臭いの世界に生きていて、視覚や聴覚よりも嗅覚を頼りにしているようだ。このことは彼らの行動を理解するのが難しくなる。長く様子を見ていかないと、彼らが何をしようとしているのか、何に反応したのかがわからない。それで自宅まで戻ることを辞め、4日間この場に泊まり、日の出から日没までできる限り彼らとともに行動することにした。

 

長時間密着することで発見できることはたくさんある。ここでの一番の発見は、ヘラジカは角をつき合うものの本気で戦うことはほとんどないということ。闇雲に争うのではなく、力くらべをする。外観だけで言えば、自分と同等かあるいは少し大きい体格程度の相手としか張り合おうとしない。張り合うと言っても押し合う程度のものだ。つまり、戦わずしてすでにほとんどの結果は出ているということだった。優位に立つ体の大きなオスは、いかにうまく夏の間にたくさんの栄養を体に蓄え、捕食者からの危険を避けて来たかという証明でもある。そしてそのオスがメスを獲得する。

 

ハーレムとは、このヘラジカが行う繁殖行動で知られる言葉だ。これは一頭のオスに対して、複数のメスが繁殖相手になる形式で、環境のきびしい極地の動物に特徴的である。おそらくこのハーレムの形式の本質は、いちばん強いオスがたくさんのメスを得るということにあるのではなくて、「集まる」ということにあるのだと思う。たしかに体格がよく、角の大きなオスはメスにとって魅力的なのだが、一定の時期に特定の場所で集まらなければ、それを誇示することができない。この広大なアラスカの土地で、一頭のオスがどこかにいるであろうメスを探し歩くことは、せっかくたくわえたエネルギーをムダに消耗してしまう。自然はこういう選択をしない。

 

太陽の頭がちょうどチュガッチ山脈の稜線から出ようとする頃、コヨーテが茂みに隠れながら、西側にいるヘラジカの様子をうかがっている。この方向からでは、ヘラジカからはコヨーテを影のようにしか見ることはできないだろう。紅葉を終えて枯れ落ちた葉の積もる足下は、白く霜で覆われている。コヨーテも自分の毛先に霜をまとって銀色に輝いていた。まだ起きたばかりなのだろうか。僕はその様子を山の上から双眼鏡で眺めていた。

 

ヘラジカは集まりはじめている。山の傾斜からは6頭確認できる。オスは2頭いる。夜眠るときは遠くへは行かないものの一定の範囲に留まる。しかし、近くで寄り添って眠るようなことはしない。オスたちは昼寝をするときは反芻しながら、寄り添って休憩するのに、なぜだろう。朝になるとまた集まりだす。そしてお互いを、少し警戒しながら一緒に採食し、ときおり角をつきあわせる。

 

ヘラジカの戦う姿というのを写真に撮ってみたかったのだが、ここへきて考えを改める必要があった。オスたちは決闘をしない。ときおりすることもあるのだろうが、普段はしない。これを撮るときに、決闘しているような姿はヘラジカの本当の姿を現さないだろう。それでも角を合わせて押し合っている。これをシルエットで撮ることはしたかった。2頭のオスの角と体をシンプルに輪郭だけきりとって、ヘラジカの特徴となるのではないか。そういうことを考えていた。

 

山を下ると、茂みから一頭のオスが僕を凝視してきた。・・・近い。この時期のオスは神経質で、角をたてて押したい衝動にすぐに駆られる。じっと見つめて、一歩踏み出してきた。危険だが、急に走り出すのは相手が優位であることを完全に認めることになる。それは避けなければならない。ゆっくり僕は茂みに隠れてしばらくじっとしていた。ヘラジカは次に、木の枝を食べたい気分が強まり、僕の存在は忘れて食事を再開した。

 

 

50メートル先では、一頭のオスがメスの後をついて歩いている。メスはこの季節、2週間の間隔で発情を繰り返す。その発情の絶頂ともいえるタイミングは8時間ほどで、オスはこれを逃すまいと必死だ。常にメスの後をついて歩いては、尿の臭いでそれを確かめ、近ければ寄り添ってみてメスの反応をうかがう。このときはメスにそういう気分はなく、オスもそれをわかっているようで、あきらめきれないような動きをしていた。

 

 

参考文献:Moose Behavior, Ecology, Conservation

協力:Peter Roberts